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決戦ネクロード

 幻の台本とも呼ばれる「決戦ネクロード」を入手してきたのは、ヒューゴ達だった。

 なんでもティントの大臣マルロが書き下ろしたもので、かつてティントを恐怖に陥れた吸血鬼ネクロードを、

デュナンの英雄らが打ち倒したさまを忠実に再現したものだという。

 これを上演しない手はないと、劇場支配人であるナディールは嬉々として上演準備を行っていた。

 戦いの合間を縫って、役を割り当てられた者達は練習に勤しみ、舞台では豪華絢爛なセットを作るべく、ゴロウ

が中心となって大道具作りが行われた。

 当時を知る者が何人かいたことも幸いして、臨場感ある舞台だと上演初日から評判を博した「決戦ネクロード」

は、ナディールの予想を越えたロングランとなった。

 そして……。

 ビュッテヒュッケ城に不思議な来客があったのは、「決戦ネクロード」がロングラン上演を続けている最中のこと

だった。

 その客は、遠慮のない態度でずかずかと城内にやってくると、誰かを探しているような素振りをみせていた。

「こんにちは!どなたかお探しですか?」
 
 門番をしていたセシルが声をかけると、

「いや、なに……。この城で面白い舞台をやっていると耳にしたものでな」

 うら若き外見にそぐわない古風な口調で答える。その言葉にセシルはぱっと顔を輝かせた。

「じゃあ、お客様ですね!劇場にご案内しましょうか?上演は夕方ですけど」

「いや、構わぬ。夕方までどこかで時間を潰すとしよう」

 そう言って、スタスタと城内に消えていくお客さまを、セシルは嬉しそうな目で見つめていた。

「どこの人か知らないけど、随分評判が広まってるんだぁ……」



「もう!なんで私が出てこないのに、こんなにヒットしてるわけ?」

 文句を言っているのは、リリィである。

 このビュッテヒュッケに集まる者の中で、「決戦ネクロード」の元となった15年前のティント攻防戦に関わっている者は、

実はリリィだけなのだ。

 しかも、ネクロードに目をつけられて花嫁候補にとさらわれた、正に当事者である。

 それなのにお芝居の中にはリリィのリの字も出てこない。もともと寸劇として書かれている脚本だけに削られてしまった

のだろうが、そこが納得いかないらしい。

「帰ったら、マルロに文句言ってやらなきゃ!そして私を主役にしてもっと素敵なお芝居を書いてもらうのよ!」
 
 決意を固めているリリィに、お付きのサムスとリードは肩を竦めてみせる。

 こういうときのリリィには何を言っても無駄であることを、二人はすでに達観していた。

「さあ、それじゃリハーサルを始めようか」

 嬉々として舞台にやってきたのは、革鎧を着込んだエースであった。その後ろからは新同盟軍のリーダー役をゲットした

ヒューゴやフリック役のフッチ、ネクロード役のゲドなどがぞろぞろと上がってくる。

「あれ?今日のネクロード役はゲドさんなの?」

 リリィが尋ねると、ため息をつきながらマントを引き摺っているゲドは、

「……ランディスが行方不明でな……全く、なぜ俺が……」

 と盛大に嘆いてみせた。不気味なところがネクロードにぴったりと太鼓判を押されたウイングボードの青年ランディスは、

時折ふらりといなくなることがある。今日もそれなのだろう。

「今日はビッキーが所用でリハーサルに間に合わないらしいから、誰か代役を……」

 ナレーション担当のナッシュが、きょろきょろと周りを見回す。と、リリィと目が合った。

「リリィお嬢さん、頼めるかな?」

「暇だからいいわよ。じゃあサムス、リード。あたしの部屋の掃除、頼んだわね」

 お付き二人を手で追い払い、ナッシュから台本を受け取るリリィは意外にも乗り気らしい。

「はいはい」

 機嫌のいいうちに退散しようと、二人は笑顔で劇場から去っていく。

「それじゃはじめようか」

 妙に嬉しそうなナッシュの言葉に、役者一同が位置につく。リリィも台本を持って舞台袖に引っ込み、リハーサルは

開始された。



 夕暮れ時の劇場には、周辺の村や町から大勢の観客が集まっていた。

「毎日大盛況で、こっちも嬉しい悲鳴だね」

 酒場のアンヌが額の汗を拭いながら、注文をさばいて行く。普段はがらがらの食堂も、この時ばかりは大賑わいだ。

「今日も満員ですね」

 仕事を抜け出して見に来た城主のトーマスも満面の笑顔を浮かべている。

「遠くからわざわざ見に来るお客さんもいますもんね!おかげで宿屋も大繁盛だって、セバスチャンさんが言ってました!」

 トーマスの護衛だと着いて来たセシルも大喜びだ。

「そろそろ幕が上がりますね」

 軍議の合間を縫って見に来ていたアップルが言い、それとほぼ同時に客のざわめきが静まっていく。



「そろそろ出番なのに、ビッキーさんはどうしたんだろう……」

 舞台裏で気を揉む大道具のムトに、同じく大道具のジョアンがさあなと肩をすくめる。

 すでに舞台ははじまっており、ナレーターのナッシュによる口上が響き渡っている。

 あともう少しで、吸血鬼の始祖であるシエラが登場するシーンなのに、そのシエラ役のビッキー(小)がまだ現れない。

 外見に似合わない古風な口調がシエラ役にぴったりと、シエラを知る人々からも太鼓判を押されているビッキーは、

意外にも芝居熱心で舞台を休んだことはない。今日リハーサルに顔を出さなかったことだって珍しいのだ。

「なんでも、テレポートに失敗した大きなビッキーさんを追いかけていったらしいからね」

 幕引き係のワイルダーが言う。大きなビッキーはたおやかな外見に似合わずうっかり者で人の話をあまり聞いていない

ところがあり、得意のはずの転移魔法も時折大失敗するという慌てものだ。なんでも18年前の解放戦争や15年前の統一

戦争にも参加して転移魔法を駆使していたらしいが、その頃からうっかりテレポートは名物だったらしい。

「大丈夫よ。あたしがいるじゃない!」

 代役として衣装を着込んでいるのは、リリィである。万が一間に合わなかった場合は出てくれと言われてスタンバイして

いるのだが、勿論セリフは暗記できていない。忘れたらアドリブでやると自信満々だが、リリィのアドリブは本筋から逸れる

事が多く、また私情がたっぷり篭っているので、共演者には嫌がられている。

「ああ、そろそろ出番なのに!」

 舞台上の進行を見守るムトが呟く横を、颯爽とすり抜けていく人影があった。

「あれ?ビッキーさん?」

 舞台にずかずかと向かっていく後姿は、シエラの衣装を来た少女。しかしビッキーにしては等身が高い気がする。

「…そこに天の助けが現れた。青き月の長老にして、始祖。

性格は尊大で人使いが荒く、重い荷物は人に担がせ、さんざんこき使った挙句人の血を吸いトンズラをかます!

電撃妖怪オババ、シエラ!」

 妙に楽しそうなナッシュのナレーションに、見ていたアップルが首を捻る。

「いつも思うけど、なんでナッシュさんのナレーションってあんなに具体的なのかしら?」

「随分私情がこもってるように聞こえるけどな。で、そのシエラって人は本当にそんな人なのか?アップルさん」

 シーザーの言葉にアップルは苦笑を浮かべる。

「うーん、間違ってはいないと思うけど……」

 かつては共に戦った仲間であるシエラだが、アップル自身はあまり付き合いのなかった相手だ。

 しかし、リーダーやビクトールの話を聞く限りは、ナッシュの説明もあながち間違ってはいない気がする。

 ナッシュのナレーションが終わるのを待たずに、舞台上に少女が現れる。

 吸血鬼の始祖、シエラ長老。その姿は月の紋章を受けた16の頃から全く変わっていない。

「……ひさしぶりだのう、ネクロード」
 
 その声に、ナッシュがぎょっと舞台を見る。そして、そのまま硬直してしまった。

「シ、シエラ!!」

 やる気がないなりに演技をしていたゲドが、ナッシュの素っ頓狂な悲鳴に眉をひそめる。

「そなたの奪ったもの、返してもらうぞ」

 ナッシュの声を無視して、セリフを続けるシエラ。

「月の紋章よ、その忌まわしき力をしばし封じ、眠りにつけ」

 舞台上に、青白い月の紋章が浮かび上がる。その素晴らしい演出に、観客から大歓声が上がった。

「あれ?あんな演出あったっけ?」

 首を捻るトーマス。セシルは舞台に釘つけだ。

「これでこやつを守るものはない。あとはまかせたぞえ」

 びっくりしているヒューゴやエースにそう言い、すたすたと舞台袖にひっこむシエラ。一瞬呆気にとられていたヒューゴ達

だが、すぐに気を取り直して演技を続ける。

 舞台は大盛況に終わったが、なぜかナッシュは引きつった笑顔を浮かべ、舞台が跳ねるとすぐにどこかへ逃げるように

去って行った。

「ナッシュさん、どこに行ったんでしょう?」

「多分、謝りに行ったのよ」

「……ですね」

 アップルとフッチが訳知り顔で苦笑しあうのを、トーマスとセシルはきょとんとした顔で顔を見合わせ、首を傾げていた。



「……まったく、噂を聞きつけて来てみれば、やはりおんしか」

 湖のほとりで仁王立ちになる少女に、彼は冷や汗を拭いつつ弁解の言葉を並べ立てる。

「いや、あの……その、随分と脚色された話だったから、少しでもリアリティーをだな」

「おかげでわらわの評判はがた落ちじゃ!」

「評判って……んなもんあったのか」

 思わず呟くナッシュに、電撃が襲い掛かる。焦げ臭いにおいがあたりに立ち込めた。

「……相変わらず、手加減なしか……」

「おんしのような輩に手加減など無用じゃ。これに懲りたら、今後は脚本通りのナレーションをすることじゃな」

 その言葉に、ナッシュは思い出したように尋ねる。

「そうだ!本当のシエラ役はどうしたんだ?」

 ああ、とシエラはにんまり笑ってみせる。

「ビッキーのことじゃな。安心せい。むしろ彼女の方から代役を頼まれたのじゃ」

 なんでも、開演まで図書館で暇つぶしをしていたところにビッキーがテレポートで帰還し、そこで意気投合をしたらしい。

 折角だから、自分の役をやってみたらどうだと言われて、台本を渡されたと言う。

(あのちびっきーめ……)

 心の中で拳を握り締めるナッシュ。

「なんなら、当分わらわがシエラ役をやってやってもよいのだぞ?どうせ暇じゃしのう」

 悪魔のような微笑を浮かべるシエラに、ナッシュは泣く泣く平謝りし、それだけは勘弁してくれと懇願したと言う……。


 後日、この様子をこっそり見ていたギョームの報告によって、ナッシュの逢引疑惑として壁新聞の一面を飾り、ビュッテ

ヒュッケ城を賑わしていたという……。



-完-

 チビッキーのシエラはまさにハマリ役なんですが、ナッシュのナレーションはホント、私情はいりまくり。

 ナッシュをネクロードにすると、ちょっと情けなすぎる吸血鬼になっちゃいます。

 しかし、どうしてさらわれた花嫁役のリリィがないんでしょうねえ?折角本人がいるのに。

 もっとも、本人がやるにはちょっととうが立ちすぎてるか……(>_<)