BACK



番人

「行方不明、ですか?」

 困惑した表情のトーマスに、ディオスは困り果てた顔で頷く。

「もう、すでに三日ほど姿が見えないようなんです」

「三日もですか?」

 眉をひそめるトーマス。三日間行方不明という事実よりもまず、忠実な副官であるディオスがそんなに長い間、上司の不在に

気付かなかったことの方が驚きだった。

「ええ、私がクリスさんに同行してブラス城に行っている間に、どうやら行方不明になったようでして……」

 慌てて付け足すディオス。なるほど、それなら頷ける。

「ここに戻ってから、いつもの場所にいらっしゃらなかったので城中探したのですが……」

「そう言えば確かに、ここ数日見かけませんでしたね。僕も気付けばよかったんですが、ばたばたしてて……すいません」

 いつも城の玄関付近で、通りがかる人間たちを珍しそうに観察している彼の姿を、確かにトーマスも最近見ていなかった。

 しかし、どこにいようと個人の自由だし、気が変わって別の場所に移動したのだろうと、大して気にもとめていなかったのだが。

 申し訳なさそうに言うトーマスに、ディオスはいえいえと手を振る。

「最後の戦いに向けて、準備にお忙しいのは分かっています。トーマスさんに謝っていただくことではありません」

「いえ、僕はここの城主ですから。お城の人間がいなくなったとあれば、僕の目が行き届いていなかった証拠です。すぐに

手分けして探しましょう」

 ビュッテヒュッケ城に来た当初は、気弱で意志の弱そうな少年としか見えなかったトーマスも、日を追うごとに城主としての

自覚が芽生え、今では誰もが認めるこの城の主となっている。

 なにより、彼はこの城に集まる人間すべてを、本当の家族のように大事にしている。そのことが人々の信頼を集め、更に

城に集う人間を増やしていることに、この少年は気付いているのだろうか。

「はい。申し訳ありませんが、お願いします。あの方のことですから心配することでもないと思いますが、なにしろこの辺りに

詳しい方ではありませんから……」

 恐縮するディオスに頷いて、トーマスは人を集めるべく執務室を出て行った。



「ササライさんが?」

「行方不明〜?」

「もう三日も?そりゃあ気付かなかったなあ」

 集まった人間が口々に言うところを見ると、やはりディオスの他はあまり彼のことを気に止めていなかったようだ。

 まあ、仲間や近隣から移って来た住人など合わせて百人以上が生活する場所なだけに、人が一人いなくなったことにそう

気付くものでもないのかもしれない。

 まして、今は決戦に向け慌しく準備が進められており、みんな自分の仕事に手一杯だったこともある。

「しかし、子供じゃないんだから、そんなに心配することじゃないんじゃないかい?」

 傭兵隊の紅一点、クイーンが言ってくる。

「この辺りが珍しいから、ちょっと出かけてるだけかもしれないし」

「いやあ、あの思慮深そうな人がお供も連れずにそんな軽はずみな行動を取るとは思えないけどな」

 そう言うのはシーザーだ。アップルも後ろで頷いている。

「城内にはいらっしゃいませんでした!」

 場違いなほどに元気よく報告するセシルに、ディオスが深刻な顔でため息をつく。

「やはり、外に出られているんでしょうか……しかし……」

 いくら物珍しいからといって、無闇に一人で歩き回ったりするような人だっただろうか?

「まあ、ここでこうして顔を突き合わしてたって何にもならないし、手分けして周囲を捜索した方が早いんじゃないかな」

 ナッシュのもっともな発言に、集った面々は揃って頷く。

 クイーンの言う通り、子供ではないのだから心配することでもないかもしれないが、逆に子供でもないのに行き先も告げず

に何日も城を空けることもおかしい。万が一ということもあるし、決戦が迫っている今、なんとしても見つけ出さなければならな

い重要人物である。

「それでは、ゼクセン方面の捜索は我々が担当しましょう」

 申し出たのはパーシヴァルだ。彼らなら適任だろうと、トーマスも快く頷く。

「ブラス城に使いを出して、それらしい人間が通ったら引き止めておくようにいいましょう」

 サロメがいい、早速ルイスに紙とペンの用意を頼んでいる。

「それじゃ、あとは北側だけど……」

「僕が行こうか。ブライトに乗っていけばすぐだしね」

 フッチが進み出る。彼の騎竜でならば、平頭山までだってあっという間だ。

「お願いします、フッチさん。それじゃ、皆さんよろしくお願いします!」

 深々と頭を下げるトーマスに、ディオスも倣って頭を下げた。


 そして。


「なにか用?」

 平然と尋ねてくる「彼」に、フッチは呆れるしかなかった。

「……そこで何してるんですか?」

「石板の番人だけど?」

 笑顔で答えを返してくる青い服の少年。その顔は、かつてトラン湖の城やデュナンの本拠地で石板を管理していた「彼」と

まったく同じものだが、表情の違いがこんなにも印象を変えるものかと思わずにはいられない。

「君こそ、随分血相を変えて何か探していたようだけど、どうかしたのかい?」

「どうかしたもなにも……ブライト、降りてくれ」

 頭を抱えながら相棒である白竜に指示を出す。ブライトは短く一声鳴いて、石板のすぐそばに降り立った。

「あなたを探してたんですよ。もう三日も行方が知れないというので、城中大騒ぎですよ」

 ブライトの背から降り、石板の横に立つ彼に歩み寄る。

「三日も?そんなに経ってたかい?」

 きょとんとした顔で言うササライは、とぼけているわけではないらしい。それだけに、フッチはがっくりと脱力感に襲われる。

「この石板は実に興味深いね。どういう仕組みになっているか分からないけど、いつの間にか刻まれている名前が増えたり

するんだよ」

「そういうものですからね」

 仲間となった人物の名が記されている約束の石板。フッチにとっては三つ目になるので、興味をそそられたりもしない。

「それで?なぜ番人なんかやってたんです?」

 ただでさえ城外の寂れた場所にあるせいで、存在すら知れ渡っていない代物だ。まして名前が刻んであるだけで、価値の

あるものとも思えない。誰も盗んだり傷つけたりなどしないと思うのだが。

「この間、夢に黒髪の女性が現れてね。頼まれたんだよ」

 ササライの言葉に、フッチは嫌な予感を覚えた。

(黒髪の女性?夢?)

「なんでも、いつも石板の番人をしてくれる人間が家出したから、代わりに頼めないかってね。夢だと思っていいですよって

答えたら、いつの間にか朝になってて。教えられた場所に行ってみたら本当にあったからさ。約束したんだから守らなきゃ

いけないと思ってね」

 めまいを覚えるフッチ。

「……それで三日間もいなくなってたと?」

「ああ、すまなかったね。誰か通りかかったら、僕の所在を城に伝えてもらおうかと思ってたんだけど、誰も通らないし」

 それはそうだ。

「……とにかく、帰りましょう」

 よろよろとブライトに跨るフッチに、ササライは困った顔をする。

「でも、いいのかな?番人を頼まれたのに離れてしまって」

 妙なところで律儀なササライである。開いた口が塞がらないフッチだが、なんとか気を取り直して答える。

「大丈夫ですよ。以前の番人も、用がある時は平気で離れてましたから」

 大体、番人が本当に必要だったのかすら怪しいものだ。

「そうなのかい?」

「第一、ここで番人やってて最後の戦いに出向けなかったなんて言ったら、笑いものですよ」

「それはそうだね」

 やっと納得がいったのか、ササライはようやく石板から離れると慣れない様子でなんとかブライトに跨った。

「それにしても、あの人は誰だったのかな?」

 首を傾げるササライに、フッチは乾いた笑いを浮かべるだけだった。

(い、いえない……)

 自分の下を離れていったルックの代わりに、ササライに番人を頼むという厚かましい事をやらかした黒髪の女性が、

門の紋章継承者、バランスの執行人とも呼ばれる星見の塔のレックナートだなんて、とてもとても……。

(相変わらず、いい性格してるなあ、あの人……)


 そして、フッチに連れられてビュッテヒュッケ城に戻ったササライは、ディオスを始めとする城の面々から、散々小言を食らった

という……。



-完-

 なぜ今回は石板の番人がいなかったのか……(いや、あの彼が平然と番をしてたらギャグにしかならんでしょうが)

 というわけで、同じ顔の青い人に番人を頼んでみました(^_^;)

 彼って結構律儀な性格してそうだから、頼まれたらやるんじゃないかな?と思いまして(^_^;)