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お兄ちゃん

「まずは、その口調を直したほうがいいな」

 男の言葉に、クリスは困ったような顔になる。

「そう言われても……難しいな」

 幼い頃より騎士になるべく修行を重ねてきた彼女は、自然と厳しい口調が身に付いてしまっている。

「まあ、努力してくれればいいさ。あとは絶対に、フルネームで名乗らないことだな。これが一番重要だ」

 グラスランドを旅するためには、彼女がゼクセンの騎士団長であると悟られてはまずい。いつもの鎧装束

をやめ、髪を下ろしているだけで大分印象が違うのだが、名乗ってしまったら折角の努力が水の泡だ。

「偽名でも使えと?」

「いや、クリスというだけなら大丈夫さ。さほど珍しい名前というわけでもない。訝しがられたら、あの騎士団長

と同じ名前で、むしろ困っていると言ってやればいい」

 憮然とするクリス。

「あとは、そうだな。おれたちの関係を聞かれた時のために……」

 イクセの村で声を掛けてきた、金髪の男。グラスランドとゼクセンの争いを調査しにきたといい、クリスが父の

手がかりを求める為に旅立つ決心をさせてくれた男。

 やたら口が上手いところや妙に戦馴れしているところが怪しさ抜群なのだが、彼の誘いにクリスは乗った。

 少しでも怪しい素振りを見せたら切り捨ててしまえばいい。そう思ったこともあるが、なんとなしに憎めない

ところのある彼の言葉にほだされたというのが正直なところだ。

「そういえば、名前を聞いていない」

 ふとクリスが言い出す。おや?と男は首を傾げた。

「名乗らなかったか?」

「ああ、そんな暇もなかったといえばそれまでだが……」

 彼はこれは失礼、とクリスに向かって大仰にお辞儀をしてみせた。

「私、ナッシュ・クロービスと申します。以後お見知りおきを」

「クロービス?聞いたことのない家名だな」

 家名を持てるのは身分のあるものだけ。それはこの大陸での通例だ。ゼクセンの家名には詳しいクリスだが、

クロービスという名前には聞き覚えがなかった。まあ、この戦いを調査に来たという事は、ゼクセンやグラスランド

の人間ではないことは確かだが。

「そりゃそうさ。おれはこの辺りの出身じゃないからな」

 軽く受け流して、ナッシュは先程の話に戻る。

「おれとクリスの関係は……そうだな、恋人ってのは駄目だろうから……」

「無理があるな」

 一刀両断するクリス。ナッシュは肩をすくめて、

「兄弟ってのはどうだ?ちょっと歳は離れてるが、そう無理もあるまい」

「兄弟、ねえ……」

 ナッシュをじろじろと見回すクリス。金髪に緑の瞳であるナッシュに対し、クリスは銀髪に紫の瞳。肌の色も違うし、

顔も雰囲気もまったく似ていない。これで兄弟というのは少々難しい。

「…うそくさいな」

「そうか?兄弟なんてそう似るもんでもなし、大丈夫だと思うがな」

「そういうものなのか?」

 一人っ子のクリスには、あまり兄弟という感覚が分からない。クリスの言葉にナッシュは自信満々に頷いてみせる。

「ああ。実際、おれには3つ離れた妹がいるが、せいぜい髪や目の色が同じくらいで、まあ並べば兄弟かな、程度

だよ」

 妹がいるという言葉に、クリスは少々驚いた顔をする。

「妹がいるのか。そんな風には見えないが……」

「まあ、あまりいい兄貴じゃなかったからな」
 
 苦笑するナッシュ。その笑みの奥になにか悲しみのようなものを感じて、クリスはそっとナッシュを伺う。

「まあ、おれのことはいいとして、年の離れた異母兄弟で、生き別れになったもう一人の兄弟を探しに旅してるって

シナリオはどうだ?感動する話だろ?」

 途端に呆れ返るクリス。よくもまあ、そんなでたらめがスラスラとでてくるものだ。

「まあ、別にいいけど」

 正体さえばれなければいいのだ。クリスの承諾に、ナッシュは嬉々として

「それじゃあ、今後人前じゃ、おれのことは「兄さん」って呼んでくれよ」

 と言って来る。

「に、兄さん……?」

「そう、そんな感じでいいな。それで、勿論兄弟なんだから宿の部屋は一つで……」

「お断りだ!!」

 言葉とともに飛んできた拳骨が、ナッシュの頬にまともに入る。

「じ、冗談なのに……」

「ほどがある!もういい、私は一人で行かせてもらう!」

 肩を怒らせながらずんずんと歩いていくクリスを、頬を押さえながらナッシュが追いかける。

「おいおい、道知ってるのか?」

「知らん!」

「知らんじゃないだろ……。おい、そこは右に行くんだって」

「ついてくるな!」

「悪かったから、そう怒るなって」


 ……この後、小一時間ほどクリスの怒りは収まらなかったという。


 そして、結局チシャクランまでの詳しい道を知らなかったナッシュが、道案内を頼もうとダッククランに立ち寄った

あたりで、クリスの怒りが再び炸裂したことは、いうまでもない……。



-完-

 37歳の金髪ナンパ男に、妙にきびきびした口調の女剣士。道行く人たちに奇異の目で見られていたことは

確かでしょう(^_^;)
 
 大体、結局案内人を雇ってるあたり、道案内の役目を果たしていないナッシュ(^_^;)

 あんたこの辺り詳しくないのか?

 おしのび装束のクリスはかなりツボでした♪