| 果てなき道程 |
長い間沈黙を守っていた古き神殿が、まるで時の流れに耐えかねたかのように崩れ落ちてゆく。 「……終わったか」 入り口で固唾を飲んで事の成り行きを見守っていた男は、小さく呟いた。 真なる紋章を受け継いだ者達の戦い。 一人の継承者は運命を断ち切るために戦い、三人の継承者は守りたいもののために戦った。 真なる紋章を受け継ぐ者の悲哀。それを垣間見ることのできた今回の争乱。 「ここも長くは持ちません!外に避難してください!」 兵士達が避難を呼びかけているが、何人かはその言葉に従わずにその場に残っていた。 待っているのだ。英雄たちの帰りを。 勝者は彼らだと信じ、待ち続けているのだ。 「ヒューゴ!」 シーザーが声を上げる。その視線の先に、こちらに向かって駆けて来る少年たちの姿が見えた。 歓声が湧き上がる。やはり、彼らは勝ったのだ。 「みんな!早く逃げるんだ。この神殿はもう持たない!」 ヒューゴの言葉に、残っていた人間たちは一斉に出口に向かって走り出す。 しかし、彼だけはその場を動こうとしなかった。 「ナッシュ!何をやっている。早く逃げろ!」 ヒューゴのすぐ隣を駆けながら、クリスが怒鳴る。しかし彼は苦笑しながら肩を竦めてみせた。 「あいにくと、おれの上司がまだ帰ってきてないんでね」 「神官将ササライか……」 ゲドが呟く。 「しかし、もうここも崩れるぞ!」 クリスの言葉の通り、すでに入り口付近もかなり崩壊が進んできている。 しかしナッシュはクリスに向かって片目を器用につぶってみせると、 「なに、逃げ足にはちょっと自信があるんだ。すぐに追いつくさ。先に行っててくれ」 とクリス達に手を振る。まだ何か言おうとしたクリスだったが、それを遮るように崩壊した屋根が彼らとナッシュの 間に降り注ぐ。 「ナッシュ!」 「大丈夫だ!早く行け!」 瓦礫の向こうから声だけが響く。 「クリス、行くぞ」 ゲドがクリスを促し、ヒューゴは瓦礫の向こうに向かって 「ナッシュさん!気をつけて!」 と叫ぶと、一気に走り出した。その後をゲドとクリスが追いかける。 「ああ!そっちもな」 瓦礫に阻まれて見えなくなった出口に向かって、ナッシュも叫び返す。 辺りにはすでに人影はなく、落雷のような激しい音を立てて崩れ落ちる神殿の天井や壁が虚しく積み重なっていく。 それを難なく避けながら、ナッシュは彼の上司が向かった通路を見つめていた。 「ふう……しかし、遅いな」 ササライに同行したトーマスとセシルはすでに脱出している。逃げる途中で通路が崩壊してはぐれたと二人は言って いたが、ササライともあろうものがこんなところで簡単にくたばるとは思えない。 崩落が激しくなってくる。もう奥の方は完全に崩れ落ちているだろう。 「ここもそろそろやばいな……」 大きな瓦礫は避け、細かいものはスパイクで打ち落としているが、それにも限界がある。 「ここで瓦礫に潰されるわけにはいかないしな。あいつに笑われちまう」 一人ごちるナッシュ。 こんなところで無残な死に様を晒したら、あの尊大で人使いの荒い少女になんと言われることか。 「……もしかして、待っててくれたのかな?」 唐突に声がかかった。はっと視線を向けると、部下であるディオスに支えられたササライの姿が目の前にある。 「これはこれは、ご無事で何よりです」 畏まるナッシュに、ササライは苦笑する。 「先に逃げても構わなかったのに」 「いえ、上司を置いて逃げ出すわけにも行きませんからね」 「よく言うよ……。さて、ここももうすぐ崩れてしまう。安全なところまで逃げるとしようか」 「はっ……おいナッシュ、お前も手を貸さんか」 ディオスに言われて、ナッシュはササライの前に背中を向けて膝をついた。 「どうぞ」 「?なんだい?」 「時間がありませんからね。この方が早いでしょう」 背中に負ぶされと言われているのだと気付いて、ササライは思わず笑ってしまう。 「ディオスといい君といい、僕を子供扱いするのが好きだね」 「これは失礼……。でも、時間がないのは本当ですからね。さあ、乗ってください」 ナッシュの言葉にため息をついて、ササライは素直にその背中におぶさると、首に腕を回す。 ササライを背負って立ち上がったナッシュは、先導するディオスに続いて走り始めた。 「……さて、これからいかがしますか?ササライ様」 木陰に腰を降ろして、ディオスが問い掛ける。同じく膝をそろえて座り込んだササライは、晴れ渡る空を見上げて 「そうだね……。このままハルモニアに戻ってもいいんだけど」 もともと、一時的に手を貸していただけの話。戦いが終わった今、彼らは炎の英雄の仲間ではなく、ハルモニアに 仕える者でしかない。 「そうですな。本国に報告すべきことも多くありますし」 新たなる継承者たちの出現や、真なる風の紋章の顛末。これからのグラスランドやゼクセン連邦についてなど、 ハルモニアに持ち帰らなければならない情報は多い。 「どちらにせよ、急いだ方が良さそうですよ。なにしろ我々はハルモニア人。ここではあまり歓迎されない人間です からね」 少し離れたところに寝転がったナッシュが口を挟んでくる。その言葉にササライは頷いて、小さくため息をついた。 「帰ったら帰ったで、また忙しくなるな。それに……」 時同じくして造られた存在、ルックが教えてくれた真実。 ルックもササライも共に、ハルモニア神官長ヒクサクの複製であるという事実をどう受け止めるべきか、ササライ はまだ決めかねている。 自分も、真なる紋章の器となるためだけにこの世に生み出された存在ならば。 自分は果たして、何をすべきなのか。そして、真なる土の紋章は彼をどこへと誘うのか。 「……帰らなければ、何もはじまらないな」 ここで悩んでもどうにもならないことだ。ササライはそう言って、よいしょと立ち上がった。 慌ててディオスがそれに倣う。少々遅れて立ち上がろうとしたナッシュに、ササライは制止をかけた。 「君はいいよ」 「は?」 立ち上がりかけた状態で目を丸くするナッシュ。そんな彼に、ササライは笑顔で言ってのける。 「君はクビだ」 それを聞いたディオスが何か言いかけるが、ササライに片手で制されて沈黙する。 「長い間、こきつかってしまったしね。貸しは充分返してもらったし、妹さんもレナも幸せに暮らしている今、君だけを 引き止めておくのは悪いだろう」 「し、しかし……」 かつて。彼の助力がなければ、ナッシュは恐らくこの場に立っていることはなかっただろう。だからこそ、これまで 彼の元で働いてきたのだ。 何と言っていいか分からずに困惑した表情のナッシュに、ササライはとどめを刺した。 「なに、そのうち君の力が必要になったら、容赦なくかり出すから」 「はぁ……」 それでは仮釈放のようなものではないか、と言おうとしたが、ササライに何を言っても無駄だと諦める。何しろ相手 は百戦錬磨の神官将だ。神殿の古狸たちと連日舌戦を繰り広げている彼に、口で勝てるはずもない。 「それじゃ、元気で」 踵を返し、歩き出すササライ。その後をディオスが慌てて追いかける。 しばらくその後姿を呆然と見送っていたナッシュだったが、唐突にササライが振り返ったので、また目を丸くする。 「お迎えの人によろしく」 「お迎え?」 首を傾げるナッシュに、ササライは笑顔で手を振ると、再び歩き出す。 二人の姿が平原の彼方に消えるまで、ナッシュはじっと立ち尽くしていた。 (お迎え……?) そんなものがいるわけがない。そんな事はササライも承知しているはずなのだが。 「さて、行くとするかのう。荷物持ち」 「どわっ!」 唐突に背後からかけられた声に、思わず叫んでその場を飛びのくナッシュ。 「なっ……な、んで……」 ナッシュの後ろ、先程まで休んでいた木陰に、一人の少女の姿があった。 白い髪は風になびき、血のような赤い瞳はナッシュをじっと見つめている。 「シエラ……なんでここにいるんだ」 「真の紋章は共鳴するのじゃ。それを追ってきたまでのこと」 なるほど、それでは先程のササライの言葉も頷ける。きっと彼は気付いていたのだろう。近くにいる真の月の紋章 継承者の存在に。 (だったらそう言ってくれればいいものを……!!) 綺麗な顔をして人が悪い元上司に憤慨していると、少女はスタスタと近寄ってくる。 「……ようやく、一時の自由を得たようじゃの」 「あ、ああ……そうだな」 何しろ突然の解雇宣言に、実感が湧かない。いきなり今から自由の身と言われても、困ってしまう。 「荷物持ちが戻ってくるとは嬉しいことよ」 相変わらず大きな荷物が木の根元に転がっている。それを見たナッシュは深々とため息をついた。 「結局おれは荷物持ちのままか……」 「不満かえ?」 「ああ、大いに不満だね。第一、もうこっちはいい年なんだ、そんな大荷物を背負って歩いたら息が切れちまう」 いい年という言葉に、シエラの眉が跳ね上がる。 「……おんし、それは皮肉か?」 「事実さ。もうすぐこっちは四十なんだぜ?それでもいいのか?」 シエラがナッシュを見上げる。赤い双眸に映るのは、真剣な眼差しをした男の姿。 「……おんしがどうしてもと言うなら、な」 「どうしても」 真面目な顔で言った直後、いたずらめいた光がナッシュの目に宿る。 「しかし、今度からはロリコン男と呼ばれそうで怖いな」 拍子抜けしたシエラは、小さくため息をついてみせる。 本気かと思えばおどけてみせる、この男のスタイルは相変わらず変わっていない。 おかげで本心がどこにあるのか読みづらい。しかし、その掛け合いが楽しいと思えるほどには、彼女もまた彼を 思っている。 「……嫌ならよいのじゃぞ?いい男なぞ、そこらにたくさん転がっておるのじゃから」 「それはそれは。でも、始祖様のわがままについていける男となると、探すのは骨が折れるんじゃないか」 シエラは降参だとばかりに、両手を挙げた。 「仕方ない。おんしで我慢するとしよう」 そのまま、ナッシュの首に両腕を回してくる。はじめて近く触れるシエラからは、花のような柔らかい香りがした。 「やっぱりやめた、などとは言うまいな」 「言わないよ」 そういって、少女の背中に腕を回す。華奢な体は、力を入れれば折れてしまいそうなほど。しかし、この小さな体で 彼女は、長い年月を生きてきた。沢山の想いを胸に、時の流れを見つめてきたのだ。 「考えてみれば、初めてだな」 こうして触れ合うのは、実に初めてのことだと改めて気付く。背負ったり蹴られたり殴られたり、戦いの最中に受け 止めたりはしていたが、自分の意思で抱きしめるなどということはなかった。 「そうじゃな……」 ナッシュの言いたいことが分かったのか、シエラも頷いてみせる。人と触れ合うことを避けてきた彼女も、人のぬく もりを肌で感じたのは、久しぶりのことだった。 うんと背伸びをして、ナッシュの首筋に唇を当てる。身長差に気付いたナッシュはそっと膝を曲げて、少女の体を 支えた。 「後悔しないな」 「しつこいぞ。さっさとやれよ。あ、でも痛いのはなしだぞ」 「子供のようなことを言うでない」 くすりと笑うシエラ。そして、そっと首筋に牙を当てる。 ぷつり、と皮膚が裂ける感覚。溢れ出す暖かい血は、彼女にとって最高級の美酒とも劣らぬ味わい。 「懐かしい味よ……」 十五年前に一度だけ、彼の血をもらった。最愛の男に力を奪われたとき、ナッシュはシエラに血を与えてくれた。 その時以来、彼女が人の血をすすったことはない。 「わらわの血を与えよう……」 シエラに噛まれた場所から、力が流れ込んでくるのをナッシュは感じた。静かな、そしてどこか冷たい感覚が全身 に広がって行く。 「おんしに、月の祝福を」 そっとシエラが身を離した。ナッシュは噛まれた場所を恐る恐る触りながら、シエラを見つめる。 「……これで終わりか?」 拍子抜けするナッシュ。 何も変わったようには感じない。噛み跡はすでに固まりかけており、痛みも引き始めていた。 「実感が湧くようになるまでは、大分かかるだろうよ。なにせ、普通の人間と大して違いがあるわけではないからの」 ただ、昼間が苦手になり、歳を取らなくなるだけ。そして、人や街が移ろいゆくさまを見つめ続けることとなるのだ。 「そのうち、血が欲しくなったりするのか?」 「月の紋章から離れぬ限り、その心配はない」 ナッシュは苦笑してみせた。 「ってことは、一生あんたのそばにいなきゃならないんだな」 「それを望んだのであろう?」 口では不満げに言いながらも、シエラの表情は明るい。 「そうだな」 大きく伸びをして、ナッシュは彼方を見つめる。 「さて、どこに行こうか」 どこにだって行ける。なんだってできる。彼を縛るものは、もはや何もない。 「そうじゃな……おんしの行きたい所で構わんぞ。わらわとて、行くあても目的もない旅の途中なのじゃから」 「それじゃ……」 目を細めて、彼は広大な世界に思いを馳せる。 果てしない大地。遥かな空。雲は流れ行き、人の想いが交差する。 彼女と二人なら、いつまでだって歩き続けられるだろう。 行き先の見えない、人生という長い道のりを。 「……ところで、やっぱり荷物はおれが持つのか?」 「当たり前じゃ!なんのためにおんしを連れて行くと思っておる」 「とほほ……」 -完- |
「告白」「「心帰る場所」に続く完結編?です。 かなりシリアスに書いたつもりなんですが、オチをつけてしまうのは最早悲しき性ですな(>_<) 3で「ナッシュ・クロービス」と名乗り、散々「うちのかみさん」発言をかましつつ、今一信憑性にかけると評判だった (笑)ナッシュくん。 巷では、「婿養子説」「偽名説」「かみさん=上司説」など色々飛び交ってますが、私はやっぱり「偽名説」に一票 です。 だって、ラトキエ家はもうないんだから名乗れないだろうし、特務員となれば偽名の一つや二つ(^o^)丿 というわけで、偽名説でまだ独身という前提のもとに書いてます。 しかし、ゲーム中ではやたらと歳を強調していた彼ですが、37ってそんなに歳なんでしょうか? 37ってまだ働き盛りでしょう?そりゃあ、22歳の頃と同じとはいかないでしょうが……。 ゲドさんがおやじくさいのは仕方ないんですが(なにしろ100歳超えてるし)、発言だけ見てるとナッシュが一番 おやじくさい。というより、わざとくさい(^_^;) |